かつて賑わっていた老舗旅館を
マチの拠点とし、再び人が集まるギャラリーへ

バ ス 停 か ら 始 ま る

「まちなかの交流の場」

ちょっと腰掛ける場所があって、
暖かくて、
初めて会う人・近所の人同士が、
何となく会話してしまう、
そんな雰囲気のバス停。

体が温まるお茶を飲む事ができて、
バスに乗る前の時間が楽しみで、
3 0 分早く家を出てしまう気持ちにさせる、
そんなバス停があったらいい。

「蒲生館」の次の後継者である蒲生庄平が
再び町に賑わいを取り戻すために
実家を活用したいという想いから生まれた
バス停から始まるプロジェクトである。

庭 の よ う な ギ ャ ラ リ ー

新しい機能

ENTRANCE & TOWN CORE

まちなか再生拠点・エントランス


バス停
ギャラリー
コミュニティスペース
インフォメーション

(妄想中)
コワーキング
アーティストインレジデンス
クリエイティブセンター

進 捗 状 況

臨時休館のお知らせ
蒲生館は、新型コロナウィルス感染予防、感染拡大防止の観点から...
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歴 史

賑わいを失った旧宿場町“ 野沢宿”

”野沢宿” は、古くから会津と越後の交易や、
越後の村上藩や新発田藩の参勤交代にも使われた越後街道三大宿のひとつであった。
この野沢には、野沢本陣跡や代官所などの要所、 また、東北の松下村塾とも言われ福島の自由民権運動や医療・文化思想にも 大きな影響を与えた私塾「研幾堂」があった。

観光地としても、昭和5 0 年代までは、
大山祗神社の例大祭が行われている6 月の一ヶ月間、
新潟県からJ R の貸切お座敷列車を利用した団体客が毎日のように訪れるなど、 大変な賑わいを見せていた。

しかし、磐越自動車道などの交通インフラの整備が進んだことや、 それまで毎年野沢を訪れていた参拝客の高齢化が進むなど、 様々な要因が重なり合って、年々観光客が減少し、 現在では、その賑わいは見る影もなくなってしまっている。

元旅館・下宿 "蒲生館"

“ 蒲生館” は約1 0 0 年の歴史を持つ旅館であった。
会津では“ 蒲生” というと、そう多くはない姓であり、
戦国の世に会津を治めた大名、蒲生氏郷公が有名であることから、 その繋がりを想起させる。

蒲生館の先祖は元々は寺の住職であり、 会津若松市の融通寺にいた時代に、 「蒲生」の姓を受けたと聞き及んでいる。
蒲生館の始祖の親は、すぐ裏の常泉寺という寺の住職であったが、 跡継ぎがなく、同寺の敷地内に開業したそうだ。

当時は大山祇神社の参拝客が多く訪れていたため、
旅館業だけでなく、「大山おこし」というお菓子の販売や、
出前寿司、下宿屋など様々な業種で複合的に商いを行っていた。

蒲生館は、地域や年齢を問わずたくさんの人が訪れる場所であり、

当時の経営者である蒲生庄平の祖母は、
豪放磊落な人物として知られ、
人を引き寄せる魅力に溢れていた。

広い西会津町にあって、
同じ町内でも通勤が困難な町役場職員や学校教員など、
多くの人達が第二の我が家として生活をしており、
下宿客は、蒲生館を第二の我が家、
第二の母がいる場所と捉えていたようである。

また、その名称の覚えやすさも相まって、
「蒲生館前」というバス停もでき、
地域に定着していったのである。
このように、蒲生館は町内外の人達にとっての、
重要なコミュニティスペースの役割を担っていた。

再びこの場所を人の集まる
バス停× ギャラリーへ

プ ロ ジ ェ ク ト の 背 景

ヤ マ の 拠 点

日本古来の集落文化と豊かな自然環境が残る
山間地域の拠点

ム ラ の 拠 点

U ターン者や地域おこし協力隊、地域活性化に
取り組む住人の活動拠点「西会津国際芸術村」

マ チ の 拠 点

駅や道の駅「よりっせ」があり、人口の集積する
西会津町の中心部の拠点「蒲生館」

私たちは「ヤマ」「ムラ「マチ」点在する拠点を
ネットワーク化し、西会津町全域を支える骨格を形成して、
人材の溜まり場をつくり、 そのエネルギーを伝播させることで、 地域全体の活性化に繋げていくことを目指しています。

これにより、地域の消滅を回避するため 日々精力的に活動している地域住民にとっても、 地域に新たな拠点が誕生することで町の雰囲気が新鮮になり、 モチベーション向上やまちづくり活動への理解に寄与できるのではないでしょうか。

地域資源を体験プログラム化するためのツールとして アートの視点を取り入れ、西会津を訪れる観光客や地域住民の 五感に強く訴求する体験プログラムを創出し、 拠点運営の基盤とする。 加えて、地域経済への大きなインパクトとして、 拠点周辺の宿泊施設への動線を創出し、宿泊事業との相乗効果を狙う。

これが今、私たちが構想している西会津再生の骨格です。